malma: 2008年5月アーカイブ

今回の四川省大地震の影響もあって、今年のチベット旅行は中止しました。

四川省成都から地震被害のもっとも激しかった都江堰、文川などを通過して青海省へ抜ける川青公路のルートが旅程でした。

 

天地不仁、以万物為芻狗。

   『 老子 』 五章

天地には仁愛の情はなく、天地は万物を藁人形の扱う。

今回の地震の被害をTVで見るにつけ、この言葉が重く圧し掛かります。

老子は儒家の仁は人間社会の狭い規範に基づくもので、もっと広い天地の世界では無情と無関心が万物の関係要素だと説いたようですが、だからこそ、人智が仁愛を以って天地の不仁を補い人を救う必要もあると感じました。

そして、まだ多くの人が瓦礫の下になっている時に不謹慎なことですが、自然の圧倒的な力の造形についても考えさせられます。

というのも、多くの人に感動を与える自然のダイナミックな景色の根底にある力は今回の地震のような人知を超える圧倒的なパワーによって得られているからです。

地震だけではなく火山や洪水などがもたらした結果として、我々が感嘆する雄大な景色の下には、多くの犠牲者がいることも多々あるのです。

四川省の山岳部では山崩れで堰止湖ができているらしいですが、東チベットの然烏という場所も大規模な山崩れで堰止湖が形成された場所です。

暇で興味がある方はグーグルアースでチベットのラサの西にある『 Rawok 』を検索し、そこにある写真を見てみてください。

大変な被害をもたらした山崩れだったようですが、この美しい景色には感嘆してしまいます。

日本にも会津磐梯山の周辺の桧原湖など美しい場所が多くありますが、多くの自然の美しい景色というのは、一方でこういった自然の脅威で犠牲者の上に作られたものも少なくないのです。

 

自然災害の悲劇は絶対に忘れてはならない一方で、復興のためにいつかはイメージの転換が図られなければならない、それでいて犠牲者と教訓のために負の部分も受け継いでいかなければならない。

今回の四川は現在進行系なのでもちろんですが、全ての自然の雄大な景色を見る度に、心の片隅にでも犠牲者のことを考えようと改めて思いました。

 

天地に藁人形のように扱われないために、科学技術の発達が必要なのだと改めて思う大災害です。

一方で人類の科学技術の発展が天地に対して不仁に接し、互いに不仁を貫いた結果として地球温暖化があるのでは?と考えてしまいます。

天地は不仁でも

人智は万物に仁愛をもって接する必要があると考えさせられる昨今です。

四川大地震とミャンマーサイクロン被害の犠牲者の冥福と、早い復興を心から祈ります。

それとできることは少ないですが、募金と、まだ先の話になりますが、復興したら必ずこの地を訪れようと考えてます。 

入其国者、従其俗

 【 淮南子 】 斉俗訓

他国に入るなら、其の国の習俗に従う。

「郷に入らば、郷に従え」が有名ですが、この続きがよいのです。 

是故入其国者从其俗,入其家者避其讳,不犯禁而入,不忤逆而进,虽之夷
狄徒倮之国,结轨乎远方之外,而无所困矣。

「他国に入ったなら其の国の習俗に従い、

其の家に入っては諱を避け、禁を犯さず入り、逆らわないで進めば、

異民族の国へ行って、遠方と輸送路を結んでも、困るようなことはない。」

大体こんな感じの訳でしょうか。

 

チベットに於いても、昔から多くの民族が往来していました。

青海省には有名なシルクロードも通っています。

シルクロードといえばNHKの番組で、青海より北の河西回廊の敦煌を通るルートが有名ですが、同じかそれ以上に青海省を通過するルートも重要だったのです。

有名な文成公主もここを通り、青海湖からチベット高原へ入り吐蕃王国へ嫁ぎました。

文成公主は唐の太宗の時代、皇帝の娘ですが、シルク(蚕)を国外へ持ち出したことで有名です。

唐の皇帝の娘ですが、チベットでは観音菩薩の化身として崇められています。

昔からチベットは重要な交易路が幾つも縦横に走っていました。

最近、話題の茶馬古道もそうです。

大昔から、反発や騒乱、戦争は幾度もあったのでしょうが、それでも、商人や隊商、玄奘三蔵のような僧侶や旅人達は、通過するそれぞれの国や民族の異なる習俗や誇りを大切に、且つ、それも旅の楽しみや勉学の一つとして、少しずつ信頼を得て、道を切り開いていったのです。

 

いま、僅か数年で青海チベット鉄道が開通しました。

多くの人々がチベットの文化や自然に魅せられて、訪れる機会がせっかく得られたのに、チベット人の誇りや文化を虐げるような、中央の資本が一斉に入り込んでしまいました。

それまでの漢民族や清真の商売人たちが長い時間をかけて築いてきたチベット人との信頼や文化の交流も無にしてしまうような、勢いで開発されて定住化や農場化を押し進めています。

 

近代化の名の下に、郷の人々を抜きに開発を押し進める手法は、観光産業のうえからもマイナスでしかありません。

日本も含めて先進国の多くが、観光資源となりえる多くの地域文化を失いました。

せっかく、チベットの自然の中で暮らす人々の文化や習俗に触れることを楽しみにしているのに、大きなホテルやロープーウェイなどまるでテーマパークのような観光施設を作ろうとしています。

旅の楽しみは、リアルにそこで暮らしている人々と触れ合える、そのときに、現地の人が自分たちの暮らしを誇りをもって、旅人を心から歓迎してくれるような、政治、経済環境が整えることが体制に求められることなのです。

しかし、グローバリズムによってその地域や地方の文化、経済は大きな打撃を喰らっています。

そして、その反動でグローバリズム反対、過激な地域主義、民族主義的思想も台頭してきました。

世界中で民族紛争が激化していますが、大半が経済格差(とくに資本力の差)から発生しています。

民族や宗教の違いは、精神的拠り所としての旗印的なものとして使われているにすぎないのです。

グローバル化社会でも、少しでも地域や地方で活動する場合「郷に入っては、郷に従う」姿勢があったなら、その反動も和らげることができるのに・・・。

結局、グローバル企業や中央行政府がその地域ごと民族ごとに、製品や商展開、施政を変えていては無駄が多く、グローバル化とはいえないからなのでしょう。

そう考えると、グローバル化と地域の文化と経済の存続は相容れないものなのでしょう。

だからといって、過激な民族主義や宗教に名を借りた暴力を肯定する気持ちはありません。

世界の政治と経済が権力や資本力ではなく、シルクロードの時代のようにそれぞれの国が地域の社稷を守り、人と人同士の努力と信頼の交易が大によるところになれば良いのにと思うのですが・・・。

 

中国だけでなく、日本も、世界中の政府とグローバル企業には地方に対しては 『 入其国者、従其俗 ・・・ 』の通りの政策を期待したいものです。

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