徳不孤、必有隣

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徳のあるものは孤立することはない。
必ず隣に友人がいる。
 
右傾化というが、ほとんどの国で、自国が右傾化していても、気が付くものはいない。
とくに、極東アジアの米作民族ではそうだと思う。
WWIIのときのドイツのように独りの独裁者によって引き起こされた右傾化は極めてわかりやすいが、それでも全員で傾いている最中はその異常さに気が付かない。日本も含めて米作民族は終わった後も当事者本人にはそれがわからない。全体に一緒に傾けば、それは自分から見て水平にしか見えないからだ。
しかも、日本は実は右という概念より、内という概念の方が強いのが特徴の右傾化だと思う。
つまり右傾化というより内傾化といったほうが正しい。
...
隣国に友人を作らず、ただ、悪いニュースだけで隣国の国民より自国民が優れているなどと思い込み。互いに中傷合戦を行っている。更には、今は互いに軍や同等の組織まで動かしけん制し合う。極めて危険で異常な事態であることに気が付かない。
米作民族は小魚の群れと同じだ。すぐ真横にいる者の動きを気にして、内に内に潜り込む。
日本も韓国も北も中国も群れの大小はあっても同じだ。
だから右に行っても左に行っても、全体に動いているから気が付かないだけ。真横に従い、自分のスタンスがまるでわかっていない。
皆に問いたい。
あなた方は友人と会って、友人の家の悪口を言い、自分の家の立派さだけを誉めちらし、友人が劣っていると言い、自分が優れていると言うだろうか?
逆に、それを言わないからといって、自分が劣っているなどと考えるだろうか?
友人とは対等なはず。優れた友人を持っているなら、自ずと誰が言うでもなく、自分で言わなくても優れているものなのだ。
優れた友人を持たない者が、自分を確立しようと、自分や自国のことを優れていると自己顕示しているのだ。
物作りも同じ。優れた素晴らしい商品を作れば、素晴らしいお客様、素晴らしい商機に恵まれる機会が増える。自分で誇張しなくても、素晴らしいお客様がいることで、また同じく素晴らしいお客様が増えていくものなのです。
お互いに優れた友人同士であること、そのような友人が多いことが、何よりも重要なことだが・・・。
例えば、隣家に自分の家の柿の枝が伸びて実っても、真の友人同士ならその実を巡って、争うだろうか?もし、隣家に友人が居り、その友人は周りの多くの家に優れた友人が大勢いる。その家の柿の木が大きくなり、自分の家の敷地にかかってきたとしても、それを巡って争うだろうか?そのことで争うことにメリットがあるだろうか?また、逆に友人の家に近い柿の木にあえて、警報機を取り付けたり、近づいただけで過剰に警告するのだろうか?たとえ、自分の土地であろうとも、友人の家の軒先にかかるのなら、敵としてではなく、なおのこと友人として、接している場所のあることを慶事と思うべきところ。
一度、悪口を言い合った仲、しかも、小魚の群れ同士では互いを知ることもできないだろう。
それぞれの群れの敵はもっと別のものなんだけど、内向きではきっと最後まで気が付かないだろうし、お互いに敵同士と思うようなことになるかも。
WWIIなぜ引き起こされた???
真の原因は???
右でも左でもない。その原因はグローバル化を利用して恐ろしいほど膨らんでいる。
それが、僕がWWIIIを懸念する最大の材料なのです。
 
もし、私たちの国に隣国に友人がいないとすれば、残念ながら私たちに徳がないのです。
そう思い、徳を積むことが大事なのです。
特に各々が積む小徳は大事なのですが・・・。

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このページは、malmaが2012年12月18日 20:33に書いたブログ記事です。

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