文化の死の影 1

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ここ数日、ひじょうに怒っているのですが・・・。

チベットで騒乱が起きてこのブログをはじめましたが、肝心のチベットについて投稿しようという気が起きません。書いてはいるけど、いざ投稿する段になると、とても過激であったり、まるで無限ループのように理論が同道巡りをしたり・・・。

チベットで起きていること、そして世界中の地方で起きていることと、自分の身の回りで起きていることの本質は同じなのですが、とても大きな問題で何から書いたらいいのか手の付けようがないのです。

多くの人がチベット人が抑圧されて自由が奪われていると思い、少し事情通の人がチベットの資源が奪われ、チベットの生活文化が破壊されていると主張しています。正確には後者のほうが現実ですが、苛酷な地のチベットでは資源の確保のため土地を追われたり、それまでの生活文化が奪われるという事が、即座に生命や地域の崩壊に繋がりかねないので、抑圧されていると感じる感じ方も、我々先進国の地方の比ではないというのも事実です。

亡命中のダライ・ラマも 『 文化的虐殺が起きている 』 と声明を発表しましたが、まさしくその通りなのですが、当の中国の漢民族といっても特に中央の上海・北京を中心とする急激に増加した富裕層はその実感は全くないのです。

これは、中国人だからとか、共産主義だからというのは関係ありません。

植民地の宗主国の国民の多くがそうであったように、

「我々の税金を使って立ち遅れた地域の社会基盤整備をしてやってるのに!!」

「高度な技術や社会システムを無償で提供し、医療や教育の水準を上げるための努力をしてやってるのに!!」

「安く品質の高い品物を供給してるのに!!」

枚挙に暇がありませんが、現在の中国国民の多くはチベット人を決して抑圧してるとか、弾圧しているという実感はないのです。これは、日本人だって中国に対してそうであったように、大凡世界中の少し影響力のある国は少なからずあることなのですが・・・。

このことはダライ・ラマも中国の漢民族やその他の民族のことで、決して悪く言っていないことからも、たぶんよくわかっていることなのだと思う。

 

チベット自治区のポタラ宮前に某有名ファーストフード店が出店したそうだけど、すぐに僧侶を中心とするデモが発生したと聞きました。今回の騒乱以前の話です。ちなみに世界中にあってアメリカが発祥の鳥唐揚のお店だったかと思います。

この話を聞いた時、

「たぶんこれからも起きるだろうな」

と思ったのを思い出しました。

それと同時に、そんな風に世界中の経済や文化を支配したがってる国民が、今回の騒乱で偉そうに中国のことをこれだけ批判できる資格があるのか?とも思ったのですが・・・

そういえば一番聖火リレーで大騒ぎをした、離婚してすぐ再婚した大統領の国だってベトナムで同じことをした過去があるのです。たしか当時、東洋一の橋をベトナムに建設して、米の流通を牛耳って植民地経営をしたり、別の国では農業機械を売り込んで大儲けをしたり。植民地の少数民族を花の都に集めて大博覧会をしたり。1回目の大戦争でだましてつれてきて兵士として使ったり。

もちろん過去の日本だってそうですし、現在の日本だってチベットを哀れみ、中国を批判する資格はないと思うのです。

そして国家と国家、民族と国家、民族と民族の間でだけで起きている問題ではないのです。

私達の身近にもある問題で、しかも、同じ民族、同じ国家であるぶんたちが悪いのです。

ハッキリ言って、

チベットでは『 文化的虐殺 』が起きていて、

日本の地方では『 文化的自殺 』が起きているのです。

一軒のファーストフード店が原因の全てではなくても、それでデモや騒乱が起きるくらいの民族的誇りがあるチベット人は健全といえますが、日本の地方はどうでしょうか?

地元が挙って誘致した新幹線駅の駅前の店舗。看板を見るだけで、いかに地元企業が減り、中央支配が進んだことか。

チェーン店のスーパーや大型ショッピングセンターが増える一方で、地域の小さな商店のいくつが姿を消したでしょうか?

経済だけではありません。あらゆる分野で中央支配が進みましたが、誰も気に留めません。それどころか、より中央に近づこうと地域の固有のものを切り捨てていきました。

今もこの傾向が強いです。

あらゆる資源を中央企業に開発させ、譲渡し、あるいは企画料を巻上げられ、誘致企業やバイパス建設に熱を上げる一方で、地域の潜在的資本力はどんどん減少しています。

地域経済の死は、やがて生活を含めた文化全般を死滅させ、中央の文化に侵食されるのですが、それを、地域の人々自身がそれでよしとしているのですから、『 文化的自殺 』です。

もう少しわかりやすく解説しましょう。

 

【 社会基盤の脆弱な地方に 

   中央の経済的に豊かな場所で得た税金を投入して整備を進めましょう。 】

       ↓ 

一、高速交通網として鉄道を整備しましょう。

       ↓

一、建設要員は地元雇用、下請企業も起業します。

  ■しかし、あくまで労働者です。建設費用のうち企業の利潤の分は中央に還元していきます。

  ■建設終了と共に労働者の職はなくなります。

  ■地元企業が中央から買わされた技術や専用の建設機械は工事終了と共に用がなくなり、支払いだけが残ります。

       ↓

一、高速交通網が整備され駅ができました。

  ◆資本力の強い中央のホテルが進出してきました。

  ■地元は社会資本が脆弱=経済の資本力も小さいので駅ができてもすぐに開発はできない。

  ■資産が少ないので融資を得られなかったり、得られても中央の企業より少ない。

  ■高速交通網が整備されることで、店舗数の多い企業が効率的に展開でき、地元店舗のみの企業は駆逐される。

  ■大きな中央資本のホテルは建物を同じ企画で作り、営業も同じ資材を使えるので原価を下げる事ができる。一方、地元店舗のみのホテルは客室数が少なく効率的な営業はできないので原価が高くなり競争に負ける。

  ■地価が上がり、ますます地元企業は開発ができなくなり、中央資本の企業だけが駅前など条件の良い土地に進出する。

  ■地元民は雇用だけで、利益は中央へ吸い上げられます。

  ■周辺の観光地や行楽地もおなじ現象が起きます。

 

二、高速道路とバイパスを建設しましょう。

  ■チェーン店企業が薄利多売で展開できますが、地元は中心部の客離れで苦しい経営を迫られます。

  ■地元企業が中心部とバイパスに2店舗を出すと、自分の店の客を奪うことになる一方で在庫が倍になり経営を圧迫。さらに、チェーン店の進出でトータルの売り上げでも1店舗分にも満たない事態が発生する。

  ■高速交通網が発達するほど地元の運送企業は中央の大企業に駆逐される。

 

社会資本の整備の2つの事例で見ましたが、これは

チベットでは青海チベット鉄道の開通

日本では新幹線駅の開業で

全く同じ事が起きているのです。

道路網は西蔵公路などの国道整備。

日本でも全く同じです。

いま、あなたの近くの町のバイパスに行ってみてください。

おそらく、写真を撮って並べたなら、全国全て同じ写真が撮れると思います。

新幹線駅だってそうです。駅前の看板を見てください、ビルを見てください。

どの町も同じ看板、同じビルが建っています。

道路沿いや、駅だけではありません。

観光施設だってそうです。

生活のあらゆるところが中央資本になってしまっているのです。

それでも、なお中央資本を導入しようと地方の行政政府は動いているし、住民自身もそれが一番良いと思ってしまっています。

地元資本の企業は応援しないけど、中央資本はあらゆる特典をつけて誘致します。

 

今回の騒乱のさなか人民大会堂でチベット人行政官が 『 中央政府のおかげでチベットは大きな発展を遂げています。 』 と報告をしていましたが、

今日本の地方はことごとくそのチベット行政官達と同じなのです。

時を同じくしてガソリンの暫定税率の問題で暫定税率の維持を求めた市町村長たちは、中国の地方政府と全く同じ考えだということに気付かされました。

 

自分たちの経済、自然、風土、文化を守れない、そんな日本の地方の人々にチベット人を哀れむ資格も、中国政府を批判する権利もないのです。

  

ただ確かに同じ事が起きているのですが、スピードが違うのも事実。チベットでは日本の地方が経験した変化が僅か4年前~昨年で起きたのです。

たぶん、新幹線駅ができてしばらく経った地方都市の経済が、例えば福島、郡山、盛岡とかの駅開業前から今現在へ僅か4年で変化したなら、誰もが中央の資本の支配だと怒ったと思うのですが・・・。

 

中央資本を排除しろとは言わないけど、そして社会資本整備を全否定する気はないけど、地元の資本や資源の保持をきちんと考えていかないと、経済はおろか文化も死んでいくのです。

 

よく時代の流れとか、生活向上とか、中央に頼る人たちは、いろいろ言い訳がましくも自分たちのしていることは正しいと考えているけど、このブログではそういったことを含めて、地方を取巻く諸問題をかなり厳しい見方で書き綴ろうと思っています。

 

ちなみに、中央という言い方をしたけど、東京の一部の地域や一部の人々、大阪、名古屋のような大都市や仙台、京都のような政令指定都市の一部でも同じようなことが起きていると思うので、決して中国政府の言ってるような分裂主義者ではないということを申し添えておきます。(笑)

このブログ記事について

このページは、malmaが2008年4月13日 22:59に書いたブログ記事です。

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