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放流の功罪 Ⅰ

本来ヤマメの生息域にアマゴが放流されたり、また、その逆にアマゴの生息域にヤマメが放流されたり、どうしてこんな放流事業が行われるのでしょう。大昔から続いてきた生物の分布境界が曖昧になるだけではなく、生物の多様性も失われかねないこのような放流はなぜ行われるのでしょう。
一見、漁協や生産者の在来種を無視したいいかげんな放流、釣り人や飼ってた人の密放流と思われがちですが、実は大正時代頃から行われてきた放流事業の名残と考えられます。
ここでは、ヤマメとアマゴの放流事業について考えます。

ヤマメは【 ヤマメとアマゴの違い 】でも解説していますが、生まれるメスのほとんどがサクラマスとして降海してしまいます。そのため、山間部の小河川ではサクラマスの遡上が無ければ個体数が激減していきます。そこで、明治後期から大正時代には山間部の食糧事情改善と、昭和初期には食糧増産のため養殖業が注目され、陸封型のアマゴの放流により山岳部の河川でも安定的な鮭鱒の生産を目指していたわけです。その後、ニジマスのほうが養殖が簡単でヤマメやアマゴは食糧生産としての色合いは薄まっていきましたが、同時に河川は多くのダムで寸断されるようになり、ヤマメの個体数維持には継続的に放流しなければならない状態へとなっていきます。そんなか、サクラマスが遡上できない上流部が増え、ヤマメを放流しても多くが降海してしまうのでは河川での生産は成り立たないと考えるようになってきます。そこで、一部の漁協はニジマスを放流、またある漁協は陸封型の多いアマゴにめをつけて放流したりすることになります。ちょうど高度成長期に釣りなどのレジャーを楽しむ人が増えてくると、当時は河川ごとの生物の多様性より『魚がいるかいないか!釣れるか釣れないか!!』のほうが重視され、ニジマスの放流に拍車がかかりました。
生産者である養鱒業では、特に小規模な種苗生産を行うようなところでは、ヤマメの生産のためサクラマスの親魚を仕入れるより、陸封でオスメスとも自家生産できるニジマスやアマゴのほうが扱いやすいということもあります。
また、逆のアマゴ地域にヤマメが放流される場合は、陸封で30センチ程度が成長の限度のアマゴより、海洋に下がり大型化するサクラマスのほうが漁業資源として有益と考えて行われる場合があります。これは、沿岸部で行われる放流が多いのです。

現在では、ヤマメの雌雄の生産コントロールが可能になっているので雌雄とも陸封のヤマメを放流することも可能になってきているが、それも本来のその河川にいたヤマメの個体群ではないので、よく考えなければならないものです。下流部がダムで寸断されているような河川では究極的な選択が迫られてくるような気がするのですが・・・それは・・・、
 Ⅰ 天然繁殖はゼロでも、
   その河川の個体から生産した養殖ヤマメを毎年放流し続ける。
 Ⅱ 他の河川のスギノコのような陸封型ヤマメ、
    または人工的に作出した陸封型ヤマメを放流し天然繁殖を手助けする。
 Ⅲ いままで通り在来種を無視したいいかげんな放流を続ける。
 Ⅳ 河川を寸断しているダムの撤去や有効な魚道の設置を行い、
    放流は漁業、遊漁で減少する分や魚道を越えられない個体の
    天然繁殖を補う形で同一河川の個体群から生産したヤマメで行う。
Ⅳが一番いいように感じるのですが、実際には生産者である養鱒業がきちんと成り立つような形でなければ長続きはしないのです。釣り人は河川の自然環境を取り戻し、キャッチアンドリリースを徹底すれば養殖による増殖をしなくても大丈夫と考えがちですが、サクラマスのように海洋を回遊するサケマスは海で獲られる分も計算して生産しなければならないのです。養鱒業は稚魚を生産するだけでは成り立たず、さらにその河川の個体群からだけで生産を続けるのには大変なコストと時間がかかります、国内サケマスの消費を拡大して生産者を後押しすることも重要なのです。その際、在来魚種を養殖することが経済的価値も高いということが根付いてくれば、地域の在来種を守り未来へ繋げていくことを実現できるのです。