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チョウコウイトウ 長江(揚子江)イトウ

【 長江イトウについて 】
今回の旅の目的の1つに長江イトウについて生息地の確認をすることであったが、残念ながらその姿を見ることはできなかった。
現地では次のような目撃談を聞くことはできた。

 ・下流で大型の魚が網に掛かった。(50センチぐらい)

 ・昔は1メートルを越すような魚が沢山捕れた。

 ・漁法は淵にダイナマイトを仕掛けて爆発させて捕っていた。

 ・四川省の水産会社が3年間魚を探していたが見つけれなかった。

最終的に現地のイトウの姿を見ることはあきらめ、中国科学院の生物標本館に行きイトウの標本と研究者から話を聞くことに。
イトウの標本は50センチぐらいで、捕獲地は今回釣行した班馬の標高2800メートル地点。つまり、もっと下流の方だが今回の釣行地点は十分生息域の範囲であったと思う。
しかし、最後に捕獲されたのは1980年とのことでかなりの開きがあり、その後の水力発電所の建設や道路建設による影響を考えると個体数は激減か絶滅に近い状態であると予想される。
以下は案内してくれた陳研究員から聞くことができたのは下記のとおり。

 ・胃の内容物として極めて小さな小魚。

 ・胃の内容物に水草?藻?が含まれていた。

 ・最後の捕獲は1980年。

【 標本の特徴 】

 ・大きさは50センチぐらい。

 ・脂鰭が大きい。

 ・口が小さい。

 ・口が比較的下向きについている。

 ・日本のイトウに比べて丸みのある体型。

 ・脂鰭、尻鰭から尾鰭の付けのまでの距離が短い。

 ・日本のイトウに比べて黒点が大きく明瞭。

【 まとめ 】
 長江イトウの標本、陳研究員の話、現地の目撃談、チベットの自然とそこに住む生物の生態等を材料に総合的に長江イトウの生態を予想してみました。
専門家の皆さんで、資料をお持ちの方は是非ご一報下さい。

【 生態の予測 】  
長江は流程が長く源流部の青海省より四川省のほうが急峻な地形から、そこに住むイトウも急流に適応した体型となった。寸詰まりな体型は急流を泳ぎ回るのに効率的であったと予想される。
チベットは降水量が少なく、秋から冬は小河川は結氷するため、産卵は他のイトウ同様、雪解けに行われた可能性が高い。
食性は他のイトウと違い強い魚食性は持っていなかったと予想される。なぜなら、もっともチベットで多く繁殖している裸鯉は卵に毒があるため餌に適してないと考えられるからである。そのため、成熟前の裸鯉の稚魚やドジョウは食べただろうが、メインは河川に大量に生息しているヨコエビ類だったと予想される。これは、陳研究員の話として胃の内容物に水草?藻?が含まれていたとの話からも、イトウがヨコエビを食べていた際に水草や藻類も一緒に胃に入ったとも考えられる。これは口が小さく下向きに付いている体の特徴からしても、底性の餌を狙っていたと考えられる。
成長は極めて遅かったと予想される。餌は夏期には豊富だが、長い冬にはほとんど餌を食べることはできなかったと予想される。日本やシベリア
のイトウのように産卵後や冬季間下流の穏やかな場所で過ごすことは、流程が長く急流が200キロ以上続く大渡河では不可能であったと予想される。春の産卵に備え夏期に餌を大量に食べ標本のような体型になったとも考えられる。裸鯉は成長が遅く過酷な環境下に生息している割に身に大量の脂がのっていたことを考えると長江イトウも越冬のため脂肪を蓄えていたとも考えられる。

【 分布予想 】

 おそらく生息地としての大渡河本流は絶滅に近い状態と予想される。ただし、四川省の支流は森林に囲まれた急峻な地形で、いまだ車道のない大支流や、自然保護区が多く生息の可能性は高い。
 長江正源やヤーロン河は横断山脈中にあって生息に適した水質の支流が少ないと予想される。

【 今後入手したい資料 】

 ・生体の細部の資料。生息地に関する情報。

 ・生態についての情報。

【 その後 】
 2005年冬、現地でイトウの死骸が見つかる。
 2006年冬、現地近くの川で投毒事件発生、魚が気絶する。

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